熊野古道なかへち美術館
ー熊野古道なかへち美術館ー
建物概要
設計 建築・監理 妹島和世+西沢立衛
妹島和世建築設計事務所
構造 O.R.S事務所
設備 イーエスアソシエイツ
電気 日永設計
施工 建築・空調・衛生 佐藤工業大阪支店
電気 朝日電工
敷地面積 4567.48㎡ /建築面積 738.24㎡ /延床面積 738.24㎡
構造規模 鉄筋コンクリート造、1階建
今回は「熊野古道なかへち美術館」を紹介いたします。国道311号線を、山々を縫って本宮へ向かい、「近露(ちかつゆ)」交差点を北へ曲がるとこの美術館が見えてきます。この田辺から熊野本宮に向かう熊野古道のルートは「中辺路(なかへち)」と呼ばれました。特に平安時代から鎌倉時代、法皇上皇などが100回以上も繰り返した「熊野御幸」において、中辺路が公式参詣道(御幸道)になり、藤原定家や和泉式部も歩いたとされています。その道中、近露(ちかつゆ)王子のすぐ近くにこの美術館は位置します。
熊野古道なかへち美術館は、建築界のノーベル賞ともいわれるプリツカー賞を獲得した、国際的に活躍する建築ユニット「妹島和世+西沢立衛/SANAA」が最初に手掛けた美術館建築です。「美術作品を新しい空間で見せ、アートを通じた交流の場を生み出す」という構想のもとに設計され、1998年に旧中辺路町立美術館として開館しました。2005年からは市町村合併により田辺市立美術館の分館として運営されています。
取材では当時の図面も見せていただきました。意匠図は手描きです。平面図は展示室を中心として、縁側のような通路がその周りを囲み、内部と外部はガラスで隔てられます。展示室以外の諸室はその通路から飛び出しています。それを外観で見ると、ガラス越しに見える乳白の壁が発光し、周辺の山の中に浮かびあがります。通路のガラスと諸室の鋼板パネルが、素材感をあらわすとともに、大地から立ち上がったオブジェのような様相を見せます。また遠くから眺めると山間に咲いた花のようです。
内部に入るとまず外と中のシームレスな繋がりが感じられます。それもそのはず、図面にはFL=GL+50と描かれています。展示室を囲む縁側のような通路を歩いていると、白い内部空間の次にガラス越しに見える山々の稜線が目に飛び込み、建物内部とこの自然豊かな立地が溶け合って見えます。高さ方向の視点移動が少ないために、さらに体感としてそう感じられるような気がします。
また、ガラス通路の中間領域によって建物と周辺環境の調整を行う設計手法が「金沢21世紀美術館」に引き継がれていくような印象も受けました。展示室の内部はキューブ型の静かな展示空間。床から天井まである、展示ケースの中に展示品を搬入するためのガラス引戸も圧巻の大きさです。引込みシステムもオリジナルのディテールであるとのことでした。
この美術館は野長瀬晩花(のながせばんか)と渡瀬凌雲(わたせりょううん)の二人を主に展示することを目的に開館しましたが、現在の美術家の作品も取り上げられています。2024年4月13日~6月16日まで湯浅出身の陶芸作家、橋本知成氏の特別展「Tomonari Hashimoto Untitled」も開催されています。その作品たちと熊野古道に咲いた現代建築の「花」に出会いに近露(ちかつゆ)のこの地をぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。
【会報誌きのくにR6年6月号掲載】
情報・出版委員 南方一晃