南海加太線 加太駅舎
ー加太駅舎ー
今回は南海電鉄加太線「加太駅」を紹介します。加太駅は和歌山市駅から約25分、和歌山市最西端の終着駅です。724人/日(2010年度統計)の乗車人数は1980年度の約1/4以下となっていますが、駅前にはお土産物屋、タクシー乗り場、坂道を下ると観光案内所、各旅館の送迎バスの待機所、と他の加太線の駅前とは違う雰囲気に出迎えられます。
南海電鉄加太線は淡路・四国方面と本州を結ぶ連絡要港としての役割を担っていた加太から和歌山市への連絡輸送を目的として、明治45年(1912年)に加太と和歌山口(後の北島)を結ぶ加太軽便鉄道として開業しました。今年で101年、軍需物資や兵員輸送にも利用されていたこともあるようですが、地元の人たちの通勤通学や、加太や磯ノ浦への海水浴客を運ぶ行楽路線として現在も親しまれています。加太駅舎ももちろん加太線開通と同じく101才です。
外壁の板張りは何度も塗替えられ、屋根もスレート瓦に葺替えられていますが、開業当時から大きく変わらない洋風の外観です。煉瓦の基礎、木製のベンチ、上げ下げ窓などに開業当時の面影が見られます。ホームの上屋を支える柱には「この柱はドイツ製のレールを加工してできています」と表示があります。古いレールを曲げてできた柱には、「GH H 1911」の文字が見え、1911年の開業時に購入したレールを再利用したと思われます。「とんがり」と呼ばれる開業当時には屋根に飾られていた鬼瓦も、現在はホームに展示されています。駅事務室の扉上部に「波打ちガラス」と表示がされていたり、以前からの駅利用者や初めて訪れる観光客にも駅舎の歴史を感じていただける工夫がされていました。
昨年は加太線・加太駅開業100周年で記念イベントや、実行委員会より募集された加太線の利用促進に向けたアイデアの優秀賞である「お笑い列車」の企画が話題になったこともあり、観光の利用者が増えた気がします。なぜなら必ずと言っていいほど緑色のマップを持ちながら歩く、旅行者の姿をよく見かけたからです。その緑色のマップは加太の小学生がお勧めスポットを書いた「加太ウォーキングマップ」。誰にでもわかりやすい手書きのこのマップを、子ども達が作ることで自分達の町のことを再発見でき、人の役に立てるという素晴らしい取り組みです。
駅からは「淡嶋街道」をゆっくり散策しながら海へ向かうのがこの町にはぴったりです。旧家の軒先に天草が干されている光景や、採れたての魚介類が並ぶ商店など漁師町ならではの風情と磯の香りが漂います。昔ながらのパン屋さんやお餅屋さん、細い路地の集落の一角には醤油蔵だった煉瓦造りの倉庫もあります。町並みを抜けると目の前に広がる海、ひな流しで有名な淡嶋神社もすぐそばです。拝殿いっぱいに並ぶ数種の人形には何度訪れても圧倒されます。淡嶋神社の隣には昭和8年築の国登録有形文化財、吾妻屋旧本館があります。正面2階100畳敷の大広間から約10間の戸を開け放し、海を眺め楽しんだのだろうと想像できます。
市街地から1本ローカル線へ乗って終点まで行ってみる。加太線だけではありませんが、車社会の和歌山と現代人には時間的にも経済的にも合理的ではないかもしれません。しかし他府県からの観光客が“わざわざ”時間とお金をかけてやって来る、その理由をヒントに「何もない」と思い込んでしまいがちな地元の魅力を再発見しに、またローカル線を楽しみたいと思いました。
【会報誌きのくにH25年8月号掲載】
情報・出版委員会 三木早也佳