高野幹部交番
高野幹部交番
正式名称は橋本警察署高野幹部交番といい、高野山総本山である金剛峯寺の近くに位置する国の登録有形文化財です。設計は県建築技師の松田茂樹氏が担当し、当時の高野山の宮大工、辻本彦兵衛氏によって、約90年前である大正12年(1923)に建築されました。
設計者の松田茂樹氏は、戦後の和歌山城再建時の設計図を描いた方で、他にも携わった公共建築物が県内各所にあります。施工者の辻本彦兵衛氏は、約300年前から高野山で社寺建築に携わっている当時の宮大工です。(現在は株式会社大彦組という名称)
和歌山県に暮らしながら、これまで私は恥ずかしいことに高野山という地へきちんと訪れたことが無く、今回の取材ではまるで初めて訪れる遠くの地のように感じるほどでした。寺院が並んであること、木々が多く緑豊なこと、商店等ほとんどが古くからの建物、又は町並みを意識した建物であること、平日にも関わらず観光客が多いこと、その内外国人の方の比率が高いこと…等。フランスの「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン」(旅行案内書日本編)で高野山は三ツ星と評価されています。三ツ星の基準は「あえて訪れる価値がある」こと。日常と隔絶された神秘的な日本に浸ることができる、と高く評価されてから、フランス人を中心に外国人観光客が増えているといいます。
人口4,000人弱の静かな町の交番は、木造2階建ての和風建築です。屋根は銅板葺(どうばんぶき)の反りのある切妻で、正面には小さな三角形の千鳥破風(ちどりはふ)の装飾を施しています。外壁は一階部分が羽目板張りで、2階は真壁漆喰塗で、2階の方が大きく、少し頭でっかちに見えます。舟肘木・間斗束・蟇股(かえるまた)や妻の豕扠首(いのこさす)など社寺建築の意匠が各所に採り入れられています。昭和30年頃に、建物の後方一間分を増築し、その為、屋根が伸びることとなり、神社建築の一様式である「流造(ながれづくり)」の様になっているのが大きな特徴です。言われてみてよく見てやっと気付くくらい、一見増築とはわからないので驚かされます。個性的な建物だが用途が変わらず使い続けられている好例で、寺院が並ぶ周辺の環境にとてもよく合っています。
内部は、入ってすぐ中央の事務室との間にカウンターがあり、それも当時からのもので、ほぼ左右対称に諸室があります。あとは2階への階段と仮眠室、応接室があります。2階は取調室や会議室等があり、日当たりの良い部屋でした。幸いこれまで交番にお世話になることも一応なかったため、他と比べることもできませんが、幹部交番(建築当初は警察署)としての機能を満たす造りなのか、通常の交番よりは大きな建物であると思われます。想像がつきにくいですが5〜6年前までは拘置所が残っていたといい、そこへ繋がる通路の名残りも見せていただきました。窓は木製の吊りロープの上下窓や引違い窓で当時からのもので(増築部はアルミサッシ)、窓からは建物周辺の植木の緑がよく見えて気持ちが良い。夏はとても涼しいですよ、と教えてくれました。
玄関先で、「ただいまー!」と声がし、「おかえり。今日は一人?」と、警官の方の親しい会話が聞こえてきました。そこには下校中の小学生の男の子が、学校での今日の出来事を話している。聞けば毎日下校時に立ち寄っているのだといいます。おまわりさんと小学生、そして年月を重ねた木造の交番。まるで映画1シーンのような雰囲気に、思わず心が温かくなりました。昔から変わらない、町に溶け込んだ建物に、今後も有り続けてほしい交番の姿を見ることができた。
【会報誌きのくにH23年12月号掲載】
情報・出版委員会 三木早也佳